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Selfishly

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  act3 「優秀なアシスタント」

Family's start

act3 「優秀なアシスタント」


今朝は、荒業で叩き起こされないうちに
きちんと、お越しに来た時に起きる。

そんなロイの態度に、満足そうにエドワードが
キッチンに戻って行く。
内心、ビクビクしていた事もあり
エドワードが何もせずに出て行ってくれて
思わず、ホッと胸を撫で下ろした。
ロイの中で、しばらく 起床はトラウマになりそうだ。


そして、これも習慣になりそうな朝食の席で
エドワードは、ロイが困惑する発言をした。

「一緒にNRIに行きたいだと?」

「うん、邪魔かも知れないけど
 一緒に連れて行ってもらえないかな?」

まるで、図書館に連れて行ってと言う様に
お気軽に言われた言葉に
ロイの方が、驚く。

「いや・・・しかし、あそこは職場で・・・。

 一体、君は 何しに行く気なんだ?」

そのロイの、当然の問いに
エドワードは、パンを齧りながら
少し小首を傾げ考える素振りをする。

それを、何だか小動物のようで
思わず可愛いなと、的外れな思いを抱きながら
エドワードを見ている。

「ん~、付き添い?」

答えられた言葉に、ロイが拍子が抜けて
持ってたカップを落としそうになる。

「付き添いって・・・、一体誰が誰の付き添いをするんだ。」

エドワードの言葉に、嫌な予感を浮かべながら
ロイは、一応聞いてみる。

「まぁ、言葉どうりなら
 俺が、あんたの付き添いに行くわけだけど?」

エドワードの答えに、やはりと思いながら
はぁ~と大きなため息をつく。

「・・・また、何故?」

ここまではっきりと言い切られると、
腹が立つより、怒るより、諦めに近い思いが生まれてくる。
一応、エドワードの言い分も聞いてみようと
ロイなりの誠意を見せてみせる。

「いやだって、あんた忙しそうだからさ。
 それじゃー、俺の計画が進まないんだよ。

 なんで、ちょっとでも手伝えれれば
 あんたの帰りがはやくなるかな・・・と。」

エドワードの子供らしい発想に、
ロイは苦笑を浮かべる。

まるで、帰りの遅い父親を心配する子供のような発言だ。

が、しかし、
ロイの勤めるNRIには、子供が手伝える仕事など
当然、ない。
それどころか、重要情報も飛び交う支社の中には
部外者は入れないのが決まりだ。

申し訳ないが、そう断ろうとした矢先に
家の電話が鳴る。
出勤前にわざわざ鳴る電話を、ロイが不審に思う間もなく
電話を取ったエドワードから、ロイに受話器が渡される。

「ブラッドレイのおっさんから。」

そう告げられた言葉に、ロイは嫌な予感を浮かべる。

「はい、代わりました マスタングですが。」

『おおっ、マスタング君。

 エドワードがお世話になっているね。
 君が良くしてくれていると、
 エドワードも喜んでいたよ。』

その言葉に、ロイの背中に冷たい汗が伝う。

「いえ、こちらこそ
 彼には本当に、良くして頂いてて
 何と言って良いのか・・・。」

思わず、歯切れが悪くなる返事にも
ブラッドレイは気にした風もなく、うんうんと嬉しそうに頷いている。

『でだね、君、今日から
 エドワードを連れて出社してくれたまえ。』

「はっ?」

ブラッドレイの爆弾発言に、間の抜けた返事を返してしまう。

『いや~、今までNRIになんか興味ないと
 言っていたエドワードが、
 君の仕事を助けたいと言い出してね。

 画期的な進歩だよ、マスタング君 でかした!』

誰だ、この孫馬鹿爺は・・・と遠い目になりながら
流れてくる話を耳に素通りさせて行く。

『君、これは ボーナスものだよ!
 近日中に決算するんで、楽しみにしていたまえ。』

意気揚々と語られる言葉にも
ロイは、何の感慨もなく聞き流し
あのぉ・・と控えめに言葉を挟みこむ。

「いえ、しかし
 まだ、年端も行かない彼に、仕事に携わらせるのは
 少々、無理と言うか、酷なのでは・・・?」

邪魔だとは言えずに、そんな、エドワードを慮ってますと
匂わせる言葉を告げるが、相手は全く聞いてはいなかった。

『おお~、さすがにエドワードが認めるだけはある。
 思いやりある態度も、なかなかじゃないか。

 が、心配はいらん。
 あの子なら、どんな激務にでも耐えてくれるだろう。
 それも、社会勉強の1つだ。
 君が、しっかりと教えてくれたまえ。

 では、時間が押しているので失礼する。』

「あっ、ガバナー・・・。」

言い返す暇もなく切られた受話器を持ったまま、
ロイは、エドワードを睨みつける。

「ガバナーに頼んだんだな。」

そんなロイの厳しい態度にも、
エドワードは、素知らぬ振りで
両手を頭の後ろで組んで、口笛を吹いている。

「まぁ、邪魔になったら、俺もきちんと帰るよ。
 とにかく、1度連れてってくれよ。

 おっさんも、そうしろって喜んでるんだしさ。」

使えるものは、ちゃっかりと使う。
したたかな面は、とても15才の子供とは思えない。
どちらにしろ、ガバナーの言葉は絶対だ。
ロイは、仕方なさそうに、渋々ながらも
連れて行く事を了承する。

「が、そんななりでは支部には入れないぞ。
 スーツは有るのかね?」

ロイのそんな言葉に、
エドワードはキョトンとするが、
持ち合わせてないようで、う~んと顎に手をやって悩む。

これ幸いと、後日に引き伸ばし
メンバーに打ち合わせておこうと考えるロイを余所に
エドワードは、わかったと言って部屋を出て行く。

しばらくすると、驚いたことに きちんとスーツを着て、
手には、同系色のバックを持ったエドワードが現れる。
どうみても、既成のスーツではなく、オーダーのようだ。

「・・・君、スーツも持ってきてたのか?」

読み間違いかと、少々悔しそうに呟く。

「いいや、持ってるわけないだろ。
 だから、あんたの要らなさそうなスーツを練成させてもらった。」

エドワードに、そう言われて、ロイは目を瞠る程驚く。
そう言われれば、見たことがあるような無いような生地だ。
それに、同色のバックも、それなら意味がわかる。
要するに、生地が余った分だろう。

「これで、問題ないよな?」

確認してくるエドワードに、ロイは今朝何度目になるかわからない
脱力した気分を味わいながら、出社の準備をする。


重くなる足取りを叱咤しつつも、
ロイはまずは、支社のゲートでエドワードの証明書の発行を伝えておく。
まぁ、彼には銀時計があるのだから
支部ごときの証明書など必要ないが、
人からの詮索ややっかみを買わないためにも
銀時計の使用は禁止しておく。
エドワードも、そこら辺はわかっているのか
素直に頷く。

そして、問題のオフィスの扉を開けると
皆の視線が集中するのが、痛いほど感じる。
ここは、辺に詮索される前に
紹介をしておくべきだろうと、皆を集める。

「先に紹介しておこう。
 もう耳に入っている者もいるとは思うが、
 ガバナーからの推薦もあり、
 しばらく、一緒に暮らすことになったエドワードだ。」

簡潔に紹介されたエドワードの事は、皆も聞き及んではいたが
その子が何故、ここに居るのかと、皆首を傾げる。

皆の不審そうな表情の機を制して、
エドワードはロイの後ろから進みだし、
自己紹介をする。

「今、ご紹介頂きました、エドワード・エルリックと申します。
 しばらく、研修を兼ねてロイ・マスタングマネージャーの下で
 皆様と一緒に働かせて頂く事となりました。
 不勉強な身の為、皆様に多大なご迷惑とお手間をおかけするとは思いますが、
 若輩を師事する寛大なお気持ちで、どうか宜しくお願いいたします。」

と、滔々と驚くような挨拶をしながら、深々と頭を下げるエドワードに
思わず全員が呆気に取られる。
もちろん、1番驚いているのはロイだった。

『敬語が使えたのか・・・。』
またしても、場にそぐわない妙な感想を浮かべるロイであった。



「と、いう風に処理をしていくの。
 解ってもらえたかしら?」

取りあえず、ロイの補佐の補佐をしてもらう事が
1番無難だろうと言う事に落ち着き、
ホークアイが書類の説明をしている。

「はい、わかりました。
 書類は、研究所の項目ごとに分類し、
 更に、優先度の高い事項に関しては、優先の分類に仕分けするんですね。

 優先度の高さは、最終決済印の欄のランクで見て、
 後は、内容上の有益度も加味して考えるように。
 これで、間違ってませんか?」

ホークアイに教えられた事を、きちんと理解して繰り返す。
出来の良い生徒を褒めるように、
ホークアイは、頬を緩めて肯定してやる。

それを、面白くなさそうな表情で
見ながら、ロイは 不満そうな態度を隠しもせずに
仕事に取り掛かっている。


「じゃあ、こちらの書類を仕分けして見てもらえる?
 出来たら、確認するので教えてもらえれば。」

そう言いながら、少なくない書類の束をエドワードに渡す。
エドワードは、頷きながら受け取ると
急ごしらえの、自分の机の上で仕事にかかる。


「マネージャー、いい加減に機嫌を直されては?」

エドワードを慮って、小声でロイを窘める。

「そうは言うがね、我々の仕事は御飯事ではないんだよ。
 それを、歳はどころか、まともに義務教育も終わってないような子供に
 仕事を教えると言われても、納得できなくて当たり前だろうが。」

不貞腐れているロイの気持ちもわからないではないが、
ガバナーの指示は絶対だ。

「でも、彼はとても優秀ですよ。
 きっと、私達の役にたってくれるはずです。」

そう返していると、エドワードが書類を持って
二人の傍に歩いてくる。

「あら?
 何かわからない書類でも?」

てっきり、分類がわかりにくい物でも紛れていたかと
ホークアイが訊ねてやる。

「いえ、全部終わりました。」

「「全部、終わった!?」」

エドワードの言葉に、思わず二人揃って声を上げる。

「はい。
 まずは、研究所項目を更に分類上に分けてあります。
 優先項目順に仕分けして、その内のファイルにしてあるものが
 決済がマネージャーの印が必要なものです。
 それ以下は、それぞれの担当者別に分類してクリップしてあります。

 で、一応、自分なりではありますが
 有益と思われる情報をピックアップしてありますので
 お目を通して頂ければ。」

そう言いながら、デスクの前に次々と並べられていく書類を
二人は言葉も無く見る。

先に気を取り戻したホークアイが、エドワードの分類した書類を確認する。

「完璧だわ・・・。」

分類だけでなく、後先の手筈まで考えての仕分けは
時間のないホークアイには、そこまで不可能な事だった。
さらに、エドワードがピックアップして選び出された報告書を
確認していたロイが、思わず黙り込んでエドワードの顔を見る。

エドワードが選んだ情報は、今まさにロイ達が手がけている
考案中の情報に関連しているものばかりだ。

しばらく黙ってエドワードの顔を見ていたロイが
不審そうにエドワードに質問をする。

「エドワード、この情報をピックアップしたのは何故なんだ?」

まさか、ガバナーが孫馬鹿を発揮して
支部の情報を筒抜けにしていたのかと、勘ぐりたくなる気にもなる。

「えっ?
 違ってた?
 だって、東方支部の最近の研究発表とか調査項目とか
 こっち方面に重点置いてた気がしたんだけど?」

研究成果や、調査項目は、民間に公表することで
注目度を集める方針だから、エドワードが言っているのは
その事だろう。

ロイは、驚きより舌を巻く気分にさせられる。
研究発表や調査項目は、最終内容がわからないように
細分化されながら、そして、関係ない項目を踏まえて
民間に流してある。
例えば、肌の活性化の化粧水の発表の本元は
クローン技術で、失ったモノを取り戻す研究の副産物だったり、
耐熱硝子が、実は 高圧で破壊力の高いレーザーを生み出す為の
研究材料だったりと、1つの実験は多岐に関連して
研究成果を生み出していく。
そして、最終の研究成果は、必要な所にだけ降ろされる。
それも、研究は1つではないのだ。
複数の研究は、膨大な結果を生み出していく。
その複雑に交差される情報から、結果を導き出す知能とは・・・。

『どうやら、ガバナーも唯の孫馬鹿ではなかったと言う事か。』

ロイは複雑な気分で、エドワードを見る。
もし、この子供が正式にNRIに入る事になれば
ロイの強敵になる事は間違いないだろう。
NRIに入ったときに決意した道に行き着くには
最高責任者の椅子は絶対に手に入れなくてはならない。
現在、ロイが意識するようなライバルは存在しないが
もし、エドワードが参入するとなると
手ごわい相手になる予感が、ひしひしと伝わってくる。
ちらりと、横の補佐を見ると
同様の事を思っているのか、複雑な表情を浮かべている。

そんな二人の間に漂う空気を読んだのか、
エドワードは、困ったな~と言う様に頭をかいて
二人に言い訳めいた言葉を話し出す。

「あのさ、俺別にあんた達の邪魔をするつもりはないぜ?
 おっさんは、どう思ってるかは知らないけど
 俺は、自分の目的が叶ったら
 さっさと、こんな会社から手を引いて
 のんびりした人生を過ごす計画があるしさ。

 まぁ、それまでは手伝えることは手伝うつもりだ。」

事はそう簡単に済むかは解らないが、
今のところ、すぐにどうこうと言う事ではない。
エドワードが入れる年齢まではまだまだ時間がある。
それまでに、ロイもぼんやりと過ごしているつもりも無ければ
負けるつもりも無い。
そう頭を切り替えて、ホークアイに指示をする。

「ホークアイ君、これから書類は全て彼に任せるように。

 君には、その分 自分の職務に時間を充ててくれればいい。」

その言葉に、ホークアイも気持ちを切り替えて頷く。
自分より適任がいるのなら、任せることが最良だ。
時間はいくらあっても足りないのだ、
先々の事を考えて、今の時間をロスするのは得策ではない。

「わかりました、では決済後の処理も彼に任せて宜しいでしょうか?」

そう言ってくる彼女に、許可をしてやりながら
エドワードを見る。

「では、エドワード。
 大変な事かもしれないが、君の言ってくれたように
 手伝えることを手伝って、助けてもらえるかな?」

そう笑って伝える言葉には、ロイの自信が溢れている。
エドワードも、それに笑って頷くと
その後の引継ぎの為、ホークアイに仕事を教わる事にする。

エドワードが、参入することで
ロイのオフィスの稼働率は格段と上がった。
戦力としてNO2のホークアイが、
細かい割りに、時間がかかる書類決済の管理をしなくてよくなったのだ、
フル戦力として働けるようになったのだから、
仕事が進まないはずが無い。
それに、エドワードの存在は、皆の良い刺激になっているようで
俄然張り切り、効率は上がる一方だ。

そして、恩恵を受けているのはホークアイだけではない。
エドワードが補佐として付いてくれたおかげで、
書類をいちいち読む必要のなくなったロイの仕事のペースも
段違いにはかどる。

「で、ここに書かれているのを要約すると
 現段階では、希望の値が取れてないんだ。
 で、実験を続けるに当たっては、それを補佐する促進剤が必要なんで
 どっか紹介してくれってさ。

 で、ついでにらしき研究をしてる所を選んでおいた。」

エドワードの完璧主義は、どうやら家事だけではなかったようだ。
その恐るべき記憶力をフル活動して、報告書を読んでは理解し
参考資料や研究所も揃えてくる。
この2~3日、一緒に仕事を始めて驚かされ続けているが
日ごと、能力を磨いているとしか言いようが無い。
が、心底 彼を見直したのは、彼が分を弁えている態度を崩さないことだ。
書類の分類に必要な事項は聞いてくるが、
それ以外で、ロイの仕事や決済に関しては
意見を問われるまでは答えないし、関心ももたない。
今の彼は、まさに書類処理マシーンと化している。
その態度には、彼に懸念をしていたメンバーも
疑いを挟む余地がない事を、感じえずにはおられないようだった。

そして、すっかりと打ち解けたように仲良くしている光景が
見られるようになってきていた。

「エド、まじ 今、マネージャーの家って
 人間住めるんか?」

「当たり前だろ、俺らが住んでるじゃんか。」

昼食を、オフィスで皆と食べながら
仲間に問われるまま、家での生活を答えている。

「いや、マネージャーはいつもの事だけどさ、
 俺、あそこに住める人間が、他に居るとは思わんかった。」

「そうですね、僕も ちょっと無理です。」

失礼極まりない発言も、今のロイには痛くも痒くもない。
過ぎ去った過去として、葬り去ってしまっているからだ。

「んじゃ、今度来て見れば?
 俺が、管理してる家で、そんな落ち度があるわけないぜ。」

胸をはって言うエドワードの言葉は正しい。
ロイも、無言で頷きながら食事を続ける。

「ホンとかよ~。」

それでも、疑わしそうなメンバーの様子に
エドワードのプライドが傷つけられたのか、
憤然と言い返す。

「本当だって!

 なら、招待してやるから、自分達の目で確認してみろ。
 なっ、ロイ、いいだろ?」

家主への承諾が後になっているが、
現在の家の実権は、すでにエドワードのものになって久しい。
ロイは、異論も唱えず 口に頬張った食べ物を咀嚼しながら
頷いてやる。

ちなみに、今 皆が食べている昼食もエドワードのお手製の弁当だ。
どうやら、ハボック達は、すっかりと餌付けされていて、
家がどうと言うよりは、エドワードの料理のご相伴に預かろうという
魂胆なのだろう。
殆どのものが一人暮らしの侘しい食生活を余儀なくされている。
家庭の料理に飢えている彼らが、
こんなチャンスを見逃すわけが無い。

やったーと喜ぶ一同が、あれやこれやと話を決め合って
日取りまで決まると、次々に料理のリクエストをする。
エドワードが、やられたと思ったのは そうなってからだった。

仕方なさそうに皆のリクエストをメモにして
聞いているエドワードの様子に、
ロイも微笑を浮かべて眺めている。

エドワードが住み始めて1週間を過ぎた。
今では、きちんとした日当たりの良い部屋にエドワードの部屋もある。
ロイが、懇願して部屋を移らせたのだ。
部屋の中には、高級ではないが
機能的な家具たちや、ロイが選んだ居心地良さを作る小物も増えている。

あの寂しい部屋は、不要物の収用所にした。
決して、エドワードが、もうそこで寝起きしないようにと。

今では、あの屋敷は、ちゃんと二人の家だと互いに認識している。
エドワードの秘密は、まだ話してもらっては無いが
今は、きちんと受け止めてやろうと思える自分が居る。
そんな風に思えるようになろうとは、1週間前のロイには
思いもよらなかった事だ。
ガバナーが、これを見越して言ったとすれば
敬服すべき慧眼の持ち主と言うしかないだろう。
どうやら、まだまだTOPの座は遠いようだ。






「じゃあ、今日は俺、これで帰るな。」

「ああ、お疲れ様。
 私が遅くなるようだったら、先に食事して
 休んでおくように。」

ロイも、最近の決まった声掛けをして送りだす。

エドワードが出社するようになって1週間ほどたつ。
余程、決済の書類が溜まっていない限り
彼は、自分の仕事が終わると帰っていく。
ロイ達の仕事には、本当に興味がないのか、
自分の職務の分には、熱心に探求する癖に
それ以外の事になると、露ほども関心を示さない。

「んじゃなー、エド。
 明後日、忘れんなよー。」

すっかりと打ち解けたメンバー達に、次々と挨拶を返されながら
エドワードが出て行ったようだ。

ロイを含む残りのメンバーは、当然、この後も
こなさなくてはいけない仕事が山積みで
一緒に帰るわけにはいかない。

書類の決裁が終わって、次の仕事へと頭を切り替えて続けていると
扉を叩かれる音で、一旦集中を中断する。

「どうぞ。」

「失礼します。
 マネージャー、クライアントからの案件の返答を持ってきました。」

書類の束を持ち運んできながら、ブレダが用件を話してくる。

「ああ、そこに積んどいてくれ。
 急ぎじゃないな?」

本日分の決済が終わったばかりだ、今日は新たな書類は勘弁して欲しいと
思いながら、一応訊ねておく。

「ええ、以前からの再考案の追加に関してですから
 特に問題はないです。」

「そうか、わかった。」

ロイが、ホッとしながら、先ほどから考えていた企画書に再度、
目を落とそうとしたが、なかなか、去ろうとしないブレダの様子に
目線を戻す。

「どうした?
 何か言いにくい事か?」

「いえ・・・、言いにくいって事じゃないんですが。
 この案件のクライアントは、国立病院なのは
 ご存知ですよね?」

「ああ?」

何か、クライアント側と反故であったのだろうかと
ロイの眉が寄せられる。

「エドの奴、どっか悪いんですか?」

「エドワードが?」

思わず先ほどさったエドワードを思い浮かべる。
今朝も、朝から元気にしていたし、食欲も自分の倍は
示していたようにも思うが・・・。

思い当たらずに、首を捻るロイに
ブレダが話を続けてくる。

「いえね、昨日、クライアントの所に行った時に
 病棟に入るエドの奴を見たんですが、
 確か、あの病棟は長期の病を患った患者が通うとこだったと思って。」

そのブレダの言葉に、ピンとくる。

「いや・・・、詳しくは知らないんだが、
 多分、彼の弟が入院してるんだと思う。」

「弟さん?」

「ああ、彼の経歴をガバナーから送られてきた時に
 セントラルから、転院した弟の事が書かれていたからな。」

「なるほど・・・、で、その事はエドの奴には?」

「・・・いや、まだ聞いてみた事はない。」

ブレダにそんな気がないことは、百も承知だが、
一緒に暮らしていてロイの対応は、余りにも薄情だったかも知れないと、
ロイは、少々気まずげに答える。

が、そこを追求する事もなく、
ブレダが、アッサリと引き下がる。

「いや、エドの奴が、何ともないんなら良いです。
 ちょっと、気になっただけですから。」

ブレダが去って、一人になった部屋で
ロイは、さっきまで興味を引かれていた企画書も、
どこか気が失せて、ぼんやりと視線を宙に浮かす。

エドワードと住みだしてから、ロイにとっては生活環境が
断然に改善され、あまつさえ、仕事でも助けられていて
良いこと尽くめな事で、すっかりと失念していたが、
別に、エドワードは、ロイの家に家政婦としてやってきたわけでも、
将来、NRIに働く為の研修をしにきたのでもない。

今度、1度きっちりと時間を取って、
エドワードの話を聞いてやらなくてはと思う。
そうしなければ、ロイの為に、あそこまでしてくれている彼に対して
申し訳なさ過ぎるだろう。
エドワードが自分に何を望んでいるのかは解らないが
自分に出来る事ならば、叶えてやりたいとも思う。

『イースト国立病院か・・・。』





「よぉ、まぁ入って、見てくれよ。」

約束の日、エドワードは誇らしげに
玄関先で固まっているメンバーに声をかけて、招き入れてやる。

ちなみに、ロイはめんどくさいと、リビングで座ったままだ。

「おい・・・まじ、綺麗になってるぜ・・・。」

「本当ですね・・・。」

「・・・・・。」

驚くより、茫然と中を見回すメンバーに
エドワードは、屋敷の中を案内する。

その間も、メンバー達は信じられないように
口々に話し込んでいる。

「どうやったら、あの惨状が、この短期間で
 こうも、代わるんだ???」

「エドワードさんって、実は魔法使いかなんかなんでしょうか?」

「いえ、彼は、魔法使いではなくて
 アルケミストの末裔らしいわよ。」

冷静なリザの言葉も、メンバーには爆弾発言だったようだ。

「「「アルケミスト~!!」」」

皆の動揺の大声が、先を案内していたエドワードを
驚かせる。

「な、なんだよ、皆。

 あれっ?知らなかったっけ?」

本人は、至って普通の反応だ。
その事にも、さして気にかけるわけでもなく、
驚きから醒めないメンバーを気にもせず、
1番の苦労作の書庫室に案内する。

「んで、ここが俺の1番の自信作!」

中では1番広い扉を開け放つと、
メンバーの「おおっ!」と動揺する声が聞こえてくる。

どこかの、私設図書館と言っても通用する程の
立派な書庫は、各コーナー毎に案内や、目録が付いており
初めて入る者でも、迷わずにすみそだ。

「こりゃー、すごい。
 エド、お前さん、本当に凄いな。」

感心しながら、ブレダが誉める。

「確かに、分類項目も司書にでもなれそうな位
 完璧ですね。」

ファルマンも、本の背表紙を確認しながら
しきりと頷いている。

「そっかー? へへへ、ここは俺も力入れたから
 全部、片付けるのに3日は費やした。」

自分の頑張りを認めてもらえて、
エドワードは嬉しげに話す。

「3日・・・たった?」

「さすが、アルケミスト・・・。」

「ハボックさん、それって関係ないんじゃ・・・。」

「うっさい、他とは違うって言いたかったんだよ!」

仲間内の突っ込み合いにも、エドワードは笑って見ているだけで
特にコメントも返さずに、ロイの待つリビングに案内する。

「お邪魔してます。」

皆が、リビングでだらしなく座るロイに挨拶をする。

「ああ、まぁ良く来たな。

 言ったとうりだったろ。」

皆が返す反応など、自分の時でわかりきっているので
さして、興味もなく聞いてみる。

予想どうり、興奮状態で、口々に失礼極まりない言葉と
エドワードを誉めそやす言葉が飛び交う。

「それに、驚いたのが、エドの奴
 アルケミストだったんですね。」

いやー、やはり凡人とは違うんだなぁとしきりに感心しているハボックに、
ロイは、目の前の机を示す。

そこには、大人数用の大きなテーブルが鎮座している。
メンバーの人数も余裕で囲めるような大きなテーブルだ。

「このテーブルは、今朝までなかった。
 エドワードが、帰ってから作ったらしい。」

どうやら、エドワードの話だと、
ロイの現在の家には、練成する材料に事欠くこともないそうで、
これも、もともとは、荷造りのダンボールの束だ。
大量にあったダンボールが役に立ち、
こうして全員で囲めるテーブルが出来たと言う訳だ。

エドワードの言った事を、皆にも説明してやると
一同より、更に、感心したような声が呟かれる。

「お~い! 何、遊んでんだよ!
 料理運ぶの位、手伝ってくれよー。」

隣の部屋から、メンバーを呼ぶ声に
喜び勇んで、皆が腰を上げて手伝いに行く。

隣のキッチンでは、メンバー達の感歎の声が
煩いくらい聞こえてくる。

女性は座っててくれとの皆の心使いのおかげで
座っていたリザが、低い声で話しかけてくる。

「・・・優秀ですね。」

それが、エドワードの何を指しているのかは
ロイにも気づいている。

あの書庫にしても、例え練成で助けられているだろうとは
思っても、異常な短期間での達成だ。
練成にしてみても、物質を変化させる事は
アルケミストなら、ある程度のものが行える。
だが、物質の元素を変換して、強度を変えるのは
生半可な者では出来ないし、
出来たとしても、満足いく結果には程遠くなるだろう。

が、書庫の棚にしても備品にしても、この机もそうだが、
強度も、安定感も、定着度合いも、
まるで、不安定なところがない。
まるで、当初から、その為に作られていたように・・・。

ロイは、自身もアルケミストだからこそ、
エドワードの行った練成が、どれ程高度か理解できる。

多分、ホークアイが言いたい所も、その辺なのだろう。
彼女はアルケミストではないが、
長年、ロイの補佐として働いてきた。
人よりも多く、ロイや、その他のアルケミスト達の練成も、
目にする機会が多かった分だけ、他のメンバーのように
素直に、感心しているだけには行かないのだろう。

「ああ・・・優秀すぎるな。」

短く答えたロイの言葉に、静かに頷く事だけで返事を返してくる。

完璧すぎるものは、逆に人に不安を生ませる。
エドワードの片付けられすぎた以前の部屋をみて、
ロイが、漠然と不安をもったように。

今は、その時には漠然としか感じられなかった事も、
同様の能力を持つものとして、エドワードの成果から
不安が、はっきりとした形を持つ。

ギャーギャーと煩く騒いでいる一団が戻ってき、
二人の思考を破る。

その後は、そんな不安を浮かべる暇もないほど
賑やかな宴会が繰り広げられる。

すっかりと、エドワードのシンパになったらしいハボックは
しきりと、ロイに懇願をしてくる。

「家賃は払いますから、俺も一緒に住ませてくださいよー。」

「なんで、お前を済ませなくちゃならないんだ。」

「いや~、以前なら、頼まれてもお断りでしたけど
 今なら、もう、ぜひでもお願いしたいっすよ。

 部屋も綺麗、料理も抜群!
 住むに言う事なし!!」

「勝手に言ってろ。」

ロイのつれない言葉にも、懲りずに強請ってくる。

「いいじゃないですか~。
 こんだけ広いんすから、居候の一人や二人増えても
 問題ないっしょー。」

「お前が来て見ろ、エドワードの面倒が増えるだろうが。」

「ええー、俺、マネージャーみたいに
 手えかかりませんって。

 なぁ、エド~、別に良いだろー?」

つれないロイよりも組みやすしと、
強請る先をエドワードに変える。

「まぁ、一人も二人も、別に変わらないけど?

 俺は、ロイがOKなら別に、どっちでもいいぜ?」

エドワードの返答に、状況に固唾をのんでいた面々も
興味津々と言うように、一斉にロイの方に視線を集中させる。

「マネージャー。」

ハボックの猫撫で声にも、ロイは、きっぱり・すっぱり
無情な断りを告げる。

「他人と住む趣味はない。」

あっさりと、簡潔に断られた言葉に
ハボック以外も、がっくりと肩の力を落とす。

どうせ、皆、
ハボックが成功したら、次は自分もと目論んででもいたのだろう。

ショックもあらわに、ハボックが、諦め悪く
ロイに不満を告げてくる。

「他人って・・・、んじゃ、エドの奴は、どうなんっすか?
 血縁ってわけでもないでしょうがー。」

酔いの勢いもあって、絡んでくるハボックの言葉に
ロイも、返答に困る。

確かに、ハボックに他人はお断りと言ったが、
考えるまでもなく、エドワードも他人だ。

「ねぇ~、どうしてっすかー?」

ねぇねぇと返答を強請るハボックは、
すでに、からかいモードなのだろう。

『煩い』と言ってやろうとした瞬間、
冷静な声が、二人のやりとりに割り込んでくる。

「俺は、ガバナーの要請だからだぜ。
 ジャンだったら、断れるか?」

そう言いながら、ハボックを脅すように見るエドワードに
一気に、酔いが醒めたのか、ブルブルと首を振って
「無理! 絶対に無理!」と叫ぶハボックを
全員で、笑いあっている。

確かに、エドワードの返答は間違っていない。
が・・・、完全に、正解でもない。

ロイは、笑いあっている皆を余所に
むっつりと言葉をはさむ。

「別にガバナーの要請だったからだけじゃない。

 エドワードは、家族だ。」

ロイの言葉に、笑い合っていた一同が、シーンと静まり返る。
そして、一番驚いているのはエドワードのようだ。

ロイの言葉の驚きから醒めたメンバーが、
ニヤニヤとロイとエドワードを交互に見るが、
全員の視線は、別に冷やかしでも、からかいでもない。
ロイの言葉に、皆が、温かく賛同浮かべてのことだ。

驚きが去ると、エドワードは、おかしいくらい狼狽して
飲んでもいないのに、顔を真っ赤にさせている。

横に座るブレダが、エドワードの頭に
大きな無骨な手のひらを置いて、
言葉をかける。

「良かったな。」

その言葉に、更に顔を紅くして俯くエドワードの様子に、
言った本人のロイまでもが、急に恥ずかしくなってくる。

我ながら、何を恥ずかしい事を言ってるんだと
自省を浮かべ落ち込みそうになっているところに、
俯いたエドワードから、小さな言葉が届く。

「・・・ありがとう。」

その言葉がロイに届いてくると、
一気に気分が浮上してくる。
いい歳をして、恥ずかしいセリフだったとは思うが、
エドワードにだけ、きちんと伝わっていれば
それはそれで、恥の掻き甲斐もある。

本人達を肴に、一掃の盛り上がる酒宴は、
その夜、延々と繰り広げられていく。

その日の酒宴は、二人が始めて家族を意識した祝宴とも言えるだろう。



 









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